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White Horse Fine Old 1970年代 特級(ブレンデッドスコッチ・古酒)

 楽天で買った。2450円。たぶん1970年代だと思う。この年代はFine Old表記がなされていて、ロゴもこの通り小さい。別の年代になってくると表記がなくなったり、ロゴが別の位置に記されたり、もっと大きくなったりする。ラベルは油汚れの目立つものだが、液面低下はなく、澱も見当たらない。

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 おれは鼻がよくないので香りはよくわからないが、トップノートはバタースコッチやフレンチトーストのような甘い香り。アルコールっぽい。

 味は、けっこう辛めでドライ。若干苦い。本当に43度かと疑いたくなるほど。いつまでも舌にはりつくようにして残る。現行のものほどではないが、もう安ブレンデッド味が遠くからやってきている。こういう安ブレンデッド味ってなんていえばいいんだろう。加水してもドライになるだけでほとんど変わらず。

 スコッチ・オデッセイには、「1980年代まではラガヴーリンを原酒としたヘビーな味わいであったが、アメリカ市場を意識し1980年代にライトタイプへと大転換する。主要モルトもクレイゲラヒに変わった」と書かれている。とするとこれは1980年代モノ? 味は正直にいうとそんなにおいしくない。海藻の舌触りみたいだ。というか、ラガヴーリンの風味は全くといっていいほど感じられず、どちらかというと現行のホワイトホースを若干古く、苦く、辛くした、といった方が近いように感じる。単にこのボトルの品質が悪かっただけかもしれないけど、これじゃあ古酒のありがたみはないなぁ。古酒といってもどうせ安物だし、さっさとハイボールにして飲んでしまおうか……。いや、苦いならウイスキー・マックにして紛らわせたほうがいいか……。ベネディクティンと合わせて複雑にしてもいいかもしれない。

 昔静岡のバーで、ホワイトホースのオールドボトルをハーフで飲んだことがある。一口飲んだだけでプラムやら何やら、はっきり果実とわかる味が広がって、混ぜ物とはいえ、これは本当に麦から作られたものなのか、と感激した覚えがあったのだが、あれはなんだったんだろう……。たぶん年代が違ったような……。他にもハーフにかこつけて色々と飲ませてもらったので、記憶が定かでない。ホワイトマッカイの30年を飲んだはず。30年にしては普通だなって感じだったことは覚えている。

響け!ユーフォニアム 2期12、13話 

 もともと久美子と麻美子の仲が悪くなったのって両親が原因なんだよな……。いつまでも部活動をやっていないで将来のために勉強しなさいとのことで、吹奏楽部をやめなければいけなくなる。そのせいで不満は久美子にぶつけられ、むすっとしてむくれたような怒り方をいつまでもすることになる。

 みぞれがオーボエってどの段階で決まっていたことなんだろう。原作の時点でだとは思うけど……。どうして気になるかというと、みぞれにくわえリードさせた結果がバッチリ決まっていて、もうこれしかってくらいパートナーといえる楽器なので。おれは金管楽器しか知らないので、他にどの木管楽器がああいうタイプのリードを使うのかそんなに知らないけど、にしてもあの小動物みたいな生き物にはリードをくわえさせたほうがいい。より一層みぞれのキャラが引き立つ。

 レイナが大声で告白するのは、レイナだけがこういう展開があるということを知っていて、でも他の人に相談するようなタイプの人間でもないので、私がやるしか……ということでもあるだろう。もちろん本心であることに間違いはないのだが。何度もこういう例えで申し訳ないが、デスノートのメロが「俺がやるしかないな……」と言っているところとかぶる。というか、レイナがこれで滝先生を諦めるはずがないし、かといって滝先生も妻との(勝手な)誓いを破るはずがないしで、もうこれについてだけでひとつ作品をつくることができると思うのだが、そうなるとユーフォとはまた違った作品になってしまうし、アナザーストーリーとしては重すぎる。でも気になるな……すごく……。

 「アスカとなんかあった?」「ううん、なにもない」ユーフォは作品を通して「なにもない」だから辛いとか、だから寂しいとか、そういうことが要所要所で描かれる。久美子と麻美子の喧嘩も、確かに仲は悪いけど、顔をあわせるたびに「げ、まだいたの」とかそういうやりとりがあって、無視するということはなかった。なにもないということがなかった。そういう意味で、そこまで息苦しさは感じなかった。

 最終回の演奏シーンにて、みぞれのソロは「頑張らなきゃ」って顔をしている。ここはのぞみのために吹いているのではなく、先輩のためだということを本人もしっかり自覚できているのだと思う。みぞれはまともなメンヘラ。いいメンヘラ。理想的なメンヘラ。っと、ここまでいっていいものか……。実はすごく好きなキャラなんですけどね。

 響け!2期は、はっきりいって12話で終わったとしても十分に納得いくくらい素晴らしい。確かに2期1話冒頭のノートの伏線とかはあるけど、もう描くものは描き切った。そして、最後の最後でノートの受け渡しが行われる。もちろん13話は、何度観ても涙腺が痛覚を覚えたかのような刺激を受けるくらい感動的。それでも大体13話で何が起こるかは予想がついている。レイナと滝先生、久美子と塚本など、まだまだ描くべきことはたくさんあるが、それが来ないとなると他にはそのまま卒業式くらいしか描くことがない。というかユーフォは、紋切り型の中でも紋切り型で、ほんとありきたりで突っ込みようもないくらい真っ直ぐでいる。いや、フォーカスを真っ直ぐなところにあてているというべきか。奇跡的なバランスで保たれたドラマによって支えられているというべきか。まあでも何はともあれ、ユーフォが真っ直ぐな作品として認知されていることに変わりはない。そしてユーフォは、ここまでの積み重ねがあって、全ての人物、部、物語に厚みがあるから、ギリギリまで畳み掛けて攻め尽くすことができる。そして最後の最後に、誰もが納得する形で「響け!ユーフォニアム」そのものを締めくくる。何から何まで美しい。言葉という概念に便宜的表現でしかない感覚を格納して、人々にわかりやすいように出力していくということが失礼にあたるのではないかとさえ感じてしまう(というか当たり前か)。例えばユーフォを最後まで見終わった者は40秒後に心臓麻痺で死ぬ、とかであれば観ることで失礼のないように言い伝えられることができるのだけど、いまの下界はそういうものでもないし、別にそうである必要もない。アニメを観ることに関心があるこの時に、この作品をリアルタイムで観ることができて本当によかったと思う。

響け!ユーフォニアム 2期11話

 大吉山のシーンで、ああおれもここに来てたなって考えると、こんなにも現実味がある登場人物たち(リアリティというかリアリズムというわけではなく、道理にかなっているという意味だと思う、たぶん)がいて、どう考えても下界に存在していて今もどこかで呼吸していると感じる人物たち(正確には彼ら彼女らそのものは存在していなくても、ほとんど同じといえる人物が世界中にいるということ)と同じ地を踏みしめて、モブでもなんでもいいので彼らと同じ時間を共有していた、それだけで涙が出てくる。いるだけでいい。ハンターハンターで王直属護衛軍が「王。」のシーンで激情に打ち震えていたように。なんだろう。おれがアニメの世界に擬似的に同期させられることでその存在を確信をもって言えることがその大きな要因であるように思う。確信の信ぴょう性はゼロだけど、自信っていうのはその人にもともと備わっているだけのようなものだと思うし。

 滝先生は奥さんとのことを誰彼構わず話すべきでないということは誰よりも徹底していて、それがレイナという出力先を見つけて、彼女の「自分のためかな」的な性格と相まって、わかるひとだけにわかるかのような決意表明としてあらわれている。そして「金賞とりたい」のところで雲がはれて光がさす。その上品なやりとりが本当に素晴らしい。話は変わるが、かといってみぞれが当時のみぞれにとってはどうでもよかったはずの人物である久美子(もしかすると久美子特有の「なんかひっかかる」はみぞれにとってもそうだったのかもしれないけどその描写はない)になんでもかんでもベラベラ喋ってしまうっていうのは少し違ってくる(2話でリズムゲームしてるみぞれは「わからない」と答えているし)。彼女の場合タイミングが最悪で、ほんとこちら側の配慮が足りないがゆえに、彼女の内部での崩壊にきがつけていないだけなのだと思う。みぞれの心の中ではほとんどSFといっていいくらいに感情のバロメータが振り切れ自制のきかない状態となっていて、それをスローした先がたまたま久美子であっただけかもしれない。どちらにしても彼女にはもうのぞみしか見えていない。かと思いきや、久美子にグーパン(?)したりするそのあざとさが、彼女の自覚できていないくらいのあざとさで、いや、それだとあざといとは言えないか……あまり擁護しすぎるのもアレだが、いや、ここで擁護という語が出てきている時点でアレだと思ってはいるものの……。結局彼女にはのぞみというかけがえのない存在がいるので幸せは保証されている。それでいいじゃないですか。無粋なこというとのぞみぞれ直属護衛軍が黙っていませんよ……。