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響け!ユーフォニアム 2期12、13話 

 もともと久美子と麻美子の仲が悪くなったのって両親が原因なんだよな……。いつまでも部活動をやっていないで将来のために勉強しなさいとのことで、吹奏楽部をやめなければいけなくなる。そのせいで不満は久美子にぶつけられ、むすっとしてむくれたような怒り方をいつまでもすることになる。

 みぞれがオーボエってどの段階で決まっていたことなんだろう。原作の時点でだとは思うけど……。どうして気になるかというと、みぞれにくわえリードさせた結果がバッチリ決まっていて、もうこれしかってくらいパートナーといえる楽器なので。おれは金管楽器しか知らないので、他にどの木管楽器がああいうタイプのリードを使うのかそんなに知らないけど、にしてもあの小動物みたいな生き物にはリードをくわえさせたほうがいい。より一層みぞれのキャラが引き立つ。

 レイナが大声で告白するのは、レイナだけがこういう展開があるということを知っていて、でも他の人に相談するようなタイプの人間でもないので、私がやるしか……ということでもあるだろう。もちろん本心であることに間違いはないのだが。何度もこういう例えで申し訳ないが、デスノートのメロが「俺がやるしかないな……」と言っているところとかぶる。というか、レイナがこれで滝先生を諦めるはずがないし、かといって滝先生も妻との(勝手な)誓いを破るはずがないしで、もうこれについてだけでひとつ作品をつくることができると思うのだが、そうなるとユーフォとはまた違った作品になってしまうし、アナザーストーリーとしては重すぎる。でも気になるな……すごく……。

 「アスカとなんかあった?」「ううん、なにもない」ユーフォは作品を通して「なにもない」だから辛いとか、だから寂しいとか、そういうことが要所要所で描かれる。久美子と麻美子の喧嘩も、確かに仲は悪いけど、顔をあわせるたびに「げ、まだいたの」とかそういうやりとりがあって、無視するということはなかった。なにもないということがなかった。そういう意味で、そこまで息苦しさは感じなかった。

 最終回の演奏シーンにて、みぞれのソロは「頑張らなきゃ」って顔をしている。ここはのぞみのために吹いているのではなく、先輩のためだということを本人もしっかり自覚できているのだと思う。みぞれはまともなメンヘラ。いいメンヘラ。理想的なメンヘラ。っと、ここまでいっていいものか……。実はすごく好きなキャラなんですけどね。

 響け!2期は、はっきりいって12話で終わったとしても十分に納得いくくらい素晴らしい。確かに2期1話冒頭のノートの伏線とかはあるけど、もう描くものは描き切った。そして、最後の最後でノートの受け渡しが行われる。もちろん13話は、何度観ても涙腺が痛覚を覚えたかのような刺激を受けるくらい感動的。それでも大体13話で何が起こるかは予想がついている。レイナと滝先生、久美子と塚本など、まだまだ描くべきことはたくさんあるが、それが来ないとなると他にはそのまま卒業式くらいしか描くことがない。というかユーフォは、紋切り型の中でも紋切り型で、ほんとありきたりで突っ込みようもないくらい真っ直ぐでいる。いや、フォーカスを真っ直ぐなところにあてているというべきか。奇跡的なバランスで保たれたドラマによって支えられているというべきか。まあでも何はともあれ、ユーフォが真っ直ぐな作品として認知されていることに変わりはない。そしてユーフォは、ここまでの積み重ねがあって、全ての人物、部、物語に厚みがあるから、ギリギリまで畳み掛けて攻め尽くすことができる。そして最後の最後に、誰もが納得する形で「響け!ユーフォニアム」そのものを締めくくる。何から何まで美しい。言葉という概念に便宜的表現でしかない感覚を格納して、人々にわかりやすいように出力していくということが失礼にあたるのではないかとさえ感じてしまう(というか当たり前か)。例えばユーフォを最後まで見終わった者は40秒後に心臓麻痺で死ぬ、とかであれば観ることで失礼のないように言い伝えられることができるのだけど、いまの下界はそういうものでもないし、別にそうである必要もない。アニメを観ることに関心があるこの時に、この作品をリアルタイムで観ることができて本当によかったと思う。